科学とテクノロジーの発展は、人間生活を豊かに、また便利にしました。交通手段とコミュニケーション手段が発達し、これまでは想像もできなかった広範囲で活動し、意思疎通を交わすことができるようになりました。生まれた隣の町や地域や県に容易に行けるようになっただけでなく、日本全体を見て回ることさえできます。いや、かつては命がけで渡っていた海も、今では空を飛んで瞬く間に隣の国へ行くことができます。地球周遊旅行でさえ夢ではありません。このように、これまで行くことも知ることも難しかった地域や国を訪れることができるようになり、経済活動や労働様式も大幅に変わりました。どこで教育を受けるかということも選択範囲が広がりました。さらに、結婚相手や住む場所も、自分の地域を超え、国境を越え、民族や文化や宗教を超えてしまいました。これは、とても画期的なことであり、素晴らしい発展です。人類という単位で考えれば、当然、次に進むべき段階です。しかし、残念ながら、活動の範囲が広まることは、草の根レベルや地域レベルの絆を弱めてしまいました。古き良き地域の人たちとのつながりや隣組の付き合いは、都会に行けばいくほど、ほとんど見かけなくなります。国中をあるいは世界中を飛び回っている人は、なかなか地域の人たちと交流する機会もありません。田舎は過疎化が進み、若い人たちは都会へと移動し、逆に都会は人口が集中しすぎて高層住宅が立ち並び、横のつながりはありません。また都会の人たちは通勤通学をするだけで一日数時間取られてしまい、隣近所の人たちと交流する時間もありません。いや、家族と過ごす時間さえ限られてしまっています。
したがって、上述の物質性と精神性のバランスの課題と同様に、草の根レベルのつながりと国・大陸・地球全体のつながりとのバランスも追及しなくてはなりません。この問題も、やはり、これまで経験することのなかった領域です。江戸時代までは、地方の大名が行列を従えて徒歩と馬で江戸を訪問する一大行事を行っていたわけですが、150年前の黒船到来後、交通手段が一気に革命されます。やがて鉄道が敷かれ、遠距離を短時間で移動できるようになりますが、まさかほんの半世紀の間に、人類が空を飛び始めるようになるとは想像だにしていなかったでしょう。しかし、この交通手段革命は元に戻すことはできません。やはり進化の法則で、便利になったものは活用していくのが当然です。しかし、課題は、活動範囲が村から地域へ、地域から県へ、県から国へ、国から大陸へ、そして大陸から地球全体へ広まった今、どうやって草の根レベルのつながりを維持できるかです。結局は、社会の基礎的な構成単位は家族であり、隣組であり、地域であるからです。それを疎かにして、国や大陸や世界全体の安定もありえません。
これは、地域と国や世界全体のどちらを優先するかという二分化された見方では解決しません。この時代は地域を超え、国を超えて社会がつながっていく段階に突入しているので、地域の草の根的な絆を弱めずして、いかに国や国際のレベルでつながっていくか、ということを考えなくてはならないのです。